JR錦糸町駅南口から徒歩5分。集合住宅の1階、少し奥まった小道に、カウンター7席だけの天丼屋がある。天丼はなぶさ。店主の垂水さんが一人で、出汁を引くところから揚げ、盛り付け、提供、会計、洗い物まで全部やる。
そしてこの店、原価率が50%を超えている。飲食店の基本が30%と言われるなかで、である。
創業は2018年。神保町で約60年続いた天丼の名店が閉じた、その年だ。
動画の目次
時間 | 内容 |
|---|---|
店主が自転車で出勤 | |
仕込み開始──出汁を引く | |
魚の仕込み(きす・いか) | |
えびの仕込み | |
開業資金の話 | |
ふぐの仕込みと、ふぐ天丼が生まれた理由 | |
原価率50〜60%の話 | |
11:00 営業開始 | |
ふぐ天丼 | |
店の前に行列 |
銀座5年、神保町20年、そして独立
店主の垂水さんは54歳。20代からずっと飲食で、キャリアはおよそ30年になる。
最初は銀座の和食店に5年。そのあと神保町の天ぷら屋へ移った。「5年くらいで動いていくのが飲食店の基本」と本人は言うが、その店には結局20年いた。「なかなかね、良くしてもらったから。そこの店長さんにも」。
その店が閉店したのをきっかけに独立する。決めていたのは一つだけだった。
やるならひとりで、やるつもりだったから。ちょうどいい大きさの物件があれば、やってみようかなっていう。たまたまちょうどいい大きさのがあったから、やってるっていう。
物件は5坪に満たない。「ひとりでやるんなら、こんくらいが限界」。開業資金は銀行から借りていない。全額自己資金だという。
継いだのは神保町「天丼いもや」の味
動画の中で、初めて来店した女性客がこう話している。「昔、神保町のいもやにずーっと通っていて、最近はなぶささんがあることを知って」。
神保町の天丼いもやは1959年(昭和34年)創業。2018年3月31日に閉店した。約60年である。はなぶさの創業年と、ぴたりと重なる。垂水さんが継いだのは、この店のタレと、油のブレンドと、揚げの技術だ。
一日は出汁から始まる
開店は11時。垂水さんは自転車で店に着くと、鍵を開け、まず道路側に看板を出す。それから仕込みに入る。
削り節を量るところから始まる。カツオとサバの混合。湯に入れ、布で濾す。この一番出汁が天汁になる。
濾したあとの削り節を鍋に戻し、もう一度火にかけて二番出汁を取る。こちらは味噌汁用だ。捨てない。

工程 | 使うもの | 行き先 |
|---|---|---|
一番出汁 | カツオ・サバの混合削り節 | 天汁 |
二番出汁 | 一番を取ったあとの削り節 | 味噌汁 |
米 | 福島「ひとめぼれ」8kg | ガス釜で硬めに炊く |
揚げ油 | ごま油+大豆白絞油の独自ブレンド | 天ぷら鍋(創業以来8年目) |
米は泡立て器を使ってよく洗う。硬めに炊くのは理由がある。「うち、だいぶ硬いと思うよ。柔らかいとべちゃべちゃになるからね」。天丼はタレを吸う。米が柔らかいと、丼の底で潰れる。
仕込みは、ほとんどが「取り除く」作業
魚の仕込みを見ていると、やっていることの多くは足し算ではなく引き算だと分かる。
きす——丁寧に洗い、切れ込みを入れる。
いか——まず皮を剥く。「皮剥かないと、はねるからね。爆裂するから」。そのあと切れ込みを入れ、均等な厚さにスライスする。厚みが揃っていないと火の通りが揃わない。
えび——1日に30〜50尾。殻を剥き、尾から水分を抜き、背腸を取り、数箇所に切り込みを入れる。この切り込みが、揚げたときにえびが丸まるのを防ぐ。
鶏——脂を取り、火が通る厚さにスライスし、さらに筋と血管を抜く。なぜそこまでするのか聞かれて、垂水さんはこう答えている。
味っていうか、食感が違うだろうね。結局、口の中に残るでしょ。
豆腐の空き箱に入っている切れ端は、まかない用だ。「捨てちゃってもいいんだけど、それももったいないかなって感じ」。

ふぐ天丼は「獅子唐が余る」から生まれた
はなぶさの名物はふぐ天丼だ。天ぷら屋でふぐを出す店はそう多くない。修業先のメニューにもなかった。
きっかけは、獅子唐だったという。
これも使うつもりなかったのよ最初。来るお客さんが、自分が獅子唐が好きだっていうから「置いといてくれない?」って言うから、いいですよっていうことで置くようにはなったんだけど。そのお客さん週に1回だから、消費できないんだよ獅子唐が。
余る獅子唐をどう使うか考えていたとき、たまたま仕入先に天ぷら用に開いたふぐが売られていた。てっさ(ふぐ刺し)に獅子唐が添えられるように、この2つは合う。「いいと思いません?」
ふぐは免許がなければ扱えない魚だが、毒の部分が除去された状態で流通しているものは、保健所に申請すれば店で使える。
一人の常連客の好みが、店の看板メニューになった。
原価率50〜60%という数字
この店でいちばん驚くのは、味でも手間でもなく、たぶんこの数字だ。
一般的な飲食店 | 天丼はなぶさ | |
|---|---|---|
原価率 | 約30% | 50%近く、時に60% |
ふぐの仕入れ値は上がり続けている。それでも売値をそのまま上げることはできない。
仕入れ値が倍になりました、じゃあ売値も倍にします、なんてできないから、流石に。
なぜ成立するのか。答えは単純で、人件費がかからないからだ。
そんぐらいになっちゃうんで、どうしても。人件費がかからないから、そんぐらいいってもなんとかなるけど、って感じ。
負担が増えるのは店主本人ということになる。実際、去年の秋に体調を崩している。休養を取るように言われ、それ以来、週に1回は休むようにした。ただしその休みの日も、朝は仕入れに行き、店を掃除し、夕方に戻って翌日の準備をして帰る。「完全な休みじゃないっていう」。
そのうえで、垂水さんはこう言う。
お金貯まらないよ? だって原価率が高いから。奉仕、奉仕だよ。……なんとなく生活できればいいでしょ。十分だよ、それで。

営業開始
たくさんのお客さんが待つ。カウンターにはおまちかねの天丼が並ぶ。

店舗情報
店名 | 天丼はなぶさ |
住所 | 東京都墨田区江東橋4-21-6 |
アクセス | JR錦糸町駅南口より徒歩4〜5分/集合住宅の1階 |
営業時間 | 11:00〜20:30(動画撮影時点・通し営業) |
定休日 | 不定休(近年は月曜休みが多い) |
席数 | カウンター7席(5坪未満) |
支払い | 現金・QRコード決済 |
テイクアウト | 可(事前予約がスムーズ) |
創業 | 2018年 |
営業時間は情報源によって「11:00〜15:00/17:00〜20:30」と中休みありの記載もあります。動画では通しで営業していました。訪問前に最新情報の確認を。
動画で見る
ここまで書いてきたが、揚げのリズムと手つきだけは、文字にすると痩せる。
一人で7席を回しながら、3人分の天丼を同時に揚げ、味噌汁の味を見て、丼にご飯をよそい、揚がる瞬間に合わせて米の上に乗せていく。あの間合いは映像でしか伝わらない。

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