浅草駅から徒歩5分ほど。新仲見世商店街から一本裏の路地に入った先に、小さな天丼屋がある。江戸前天丼 まさる。創業は1947年(昭和22年)だ。
営業は11時から14時30分まで。しかも「材料がなくなり次第終了」なので、実際にはもっと早く店じまいになる日もある。店が開いているのは、1日3時間半。定休日は水曜だが、魚が入らなければ臨時に休む。
つまりこの店は、魚から逆算して営業している。三代目は、仕入れた魚を氷でしめながらこう言った。
本当に奇跡みたいなもんなんですよ、魚が揃うっていうのは。
動画の目次
時間 | 内容 |
|---|---|
三代目が店の灯りをつける | |
米の仕込み──宮城県産ササニシキ | |
かえしと追い鰹、天丼のタレ | |
「まさる」の由来 | |
7:15 豊洲から魚が届く | |
魚の仕込み(穴子・キス・メゴチ) | |
「化粧油」と「仕上げ油」 | |
天ぷらの衣の仕込み | |
11:00 開店 | |
大入 江戸前天丼 | |
ロンドンから来た客 | |
14:30 営業終了 |
「まさる」は祖母の名前
三代目の店主は41歳。生まれも育ちも浅草である。店名の由来を聞かれて、こう答えている。
まさる、っていうのは祖母の名前なんですよ。
戦後の復興期に、その祖母が始めた店だ。最初は小料理屋だった。そこで出していた天ぷらと天丼が評判を取り、天丼屋になった。以来、三代続いている。
この仕事は好きで始めたのか、と聞かれた三代目の答えが、店の空気をよく表している。
大変ですけど、仕事は好きですね。親のを見ていたっていうのはありますね。見ていたから当たり前。親がスポーツしてたらスポーツするのが当たり前で、なんでやんないの、っていうのと一緒で。……いざ自分一人でやってみると、どれだけ大変か。

7:00、一日は米から始まる
朝7時、三代目が店の灯りをつけ、仕込みが始まる。最初は米だ。
使うのは宮城県産のササニシキ。理由ははっきりしている。
タレとの絡み具合を考えたら、ササニシキが良い。
そして、この米は「研がない」。
お米を研ぐ時に、手を入れて研ぐことはしないです。ササニシキ自体が潰れやすいんですよ。研いじゃうと割れちゃうんですね。かなり綺麗に精米されているので、表面についたぬかを研ぐだけです。
米も魚も、自分で判断しきらない。
魚でもお米でも、専門にやってる方の話はちゃんと聞くようにしています。

並行して、タレを仕込む。醤油とみりんを合わせた「かえし」に出汁を加え、鰹節を足して煮詰めていく。いわゆる追い鰹だ。
出汁とかえしがまだ分離している状態なので、(沸騰させて)どんどん濃縮していく感じですね。
工程 | 使うもの | ポイント |
|---|---|---|
米 | 宮城県産ササニシキ | 手を入れて研がない。表面のぬかを落とすだけ |
タレ | かえし(醤油+みりん)+出汁+鰹節 | 沸騰させて濃縮。追い鰹で香りを立てる |
味噌汁 | 日光の味噌、鰹出汁、豆腐と三つ葉 | 出汁と味噌だけ。具材は奥さんが準備 |
揚げ油 | 2つの鍋(化粧油・仕上げ油) | 油は同じもの。温度だけを変える |
7:15、豊洲から魚が届く
開店の4時間近く前、豊洲から発泡スチロールの箱が届く。中身はその日ごとに違う。穴子、はまぐり、車海老、キス、メゴチ。
車海老は生きたまま届く。殻の色は、育った砂地の色だという。
今の時期だと愛知とか、あと九州、鹿児島とかが多くて。海老って順ぐりなんですよ。旬が2回くらいあって、天だねは6月が美味しいですよ。……冬も美味しいですよ、真冬も。だから天丼を食べるのにはもってこい。

穴子は光で見分ける。
黄金色に輝いているじゃないですか。これが油が乗ってる(証拠)。透けるから、ほら透けてるでしょ。
ただし、これだけの魚が毎日きれいに揃うわけではない。
不思議なもので、お客さんが来る時には魚がないんですよ。でも、魚が揃う時ってお客さんがいないんですよ。
水曜が定休日でありながら「入荷次第で臨時休業」と断ってあるのは、そういう理由だ。
仕込みの大半は「取り除く」作業
魚の仕込みを見ていると、手数のほとんどが足し算ではなく引き算だと分かる。
キス——鱗を引き、頭と内臓を取る。浸けるのは真水ではなく、塩を入れた氷水だ。
魚は真水に入れちゃうと、すぐに濁っちゃうから。鮮度を保つためには、薄い塩水でも良いから浸した方がいい。
メゴチ——底物と呼ばれる魚で、鱗がない。そのかわり全身がぬめっている。塩を揉み込み、水で洗い流し、キッチンペーパーで水気を拭き取る。三代目が味でいちばん好きなのは、この魚だという。
味が濃い。食べたら分かる。
車海老——殻を剥く前に締める。理由がある。
締めてあるから剥けるんですよ。さっきまで生きていたやつをそのまま剥くと、殻に身が引っ付いてしまう。
頭は先端だけを切り落とす。高温の油に入れたときに弾けるのを防ぐためだ。この一手間があるから、この店の車海老は頭まで食べられる。
油は一種類、鍋は二つ──「化粧油」と「仕上げ油」
揚げ場には天ぷら鍋が2つ並んでいる。中身は同じ油だ。
油は一緒。鍋肌(の色)が違うだけ。温度は違います。こっちでお化粧してあげるんで化粧油、こっちで仕上げるんで仕上げ油ってしてるんですけど、基本的に油は一緒。
「お化粧」とは衣のことだ。
お化粧(衣)がつかないんですね、低温だと。高温の状態で入れてお化粧をする。
鍋 | 温度 | 役割 |
|---|---|---|
化粧油 | 高温 | 衣をまとわせる。入れた瞬間に形を決める |
仕上げ油 | 低温 | 移してじっくり火を通す |
穴子やメゴチは化粧油で衣をつけてから仕上げ油へ移す。火の入りやすい車海老とホタテは、注文の最後に高温でさっと揚げる。

衣は「混ぜない」
衣の仕込みも独特だ。氷水を張ったボウルに、小麦粉をふるいにかけて落としていく。そこで手を止める。
混ぜるためじゃなく、(粉を)沈めてるだけ。粘り気が出ちゃう、ガーっとやっちゃうと。
衣ができると、店の守り神に手を合わせる。先代の頃からずっと続く、毎朝の習慣だという。
11:00 開店、14:30 終了
開店前から、路地に列ができている。看板を通りに出し、矢印を書き足す。11時、店が開く。席はあっという間に埋まる。
ありがたいです。真面目に仕事しないといけない。
お品書きは短い。
品名 | 価格 |
|---|---|
大入 江戸前天丼(大) | 5,800円 |
大入 江戸前天丼 | 3,800円 |
季節の天丼(野菜3種・白身2種) | 3,300円 |
ばら天丼 | 3,300円 |
はまぐりの天ぷら | 900円 |
胡麻カンパチ | 500円 |
毎日同じことを繰り返すことについて、三代目はひと言だけ言った。
毎日同じことをやっていくのは大変ですけど、それをやるのが仕事。
大入 江戸前天丼──海鮮5種と茄子
看板の3,800円は、車海老、車海老の頭、穴子、メゴチ、北海道・噴火湾のホタテ、そして茄子が乗る。
丼はあらかじめ湯で温めておく。ササニシキをよそい、揚がった順に天だねを重ね、茄子だけは天つゆにさっとくぐらせてから乗せる。最後に天つゆを回しかけ、丼の縁を拭き、蓋を添えて出す。

穴子は蓋が閉まらないほどの重量感で、衣は軽く、身は香ばしい。ホタテは噛むほどに甘い。車海老の頭は、そのまま食べられる。
生きた状態の車海老を使ってるので、食べられる。
味噌汁は日光の味噌。鰹出汁と味噌だけで、具は豆腐と三つ葉。
この日の客は、埼玉から来た親子、初めて来た夫婦、横浜から来た若者3人、そしてロンドンからの観光客だった。ロンドンの客は、こう言って店を出ていった。
The sauce on the rice was lovely. I couldn't eat anymore, I was too full.(ご飯にかかったタレが好みだった。ただ、お腹いっぱいで食べきれなかったわ)
14:30、材料がなくなり次第終了
14時30分、その日の材料が尽きて営業が終わる。壁には「入荷材料がなくなりました 本日の営業終了致します」の札が掛かる。

最後に、これからどんな店にしていきたいかと聞かれた三代目の答え。
変わらずお店はやっていきますので、精進していけるように頑張ります。
その日に入ったお魚を使って天丼を作ってますので、ぜひ召し上がってみてください。
店舗情報
店名 | 江戸前天丼 まさる(天丼まさる) |
|---|---|
住所 | 東京都台東区浅草1-32-2 |
アクセス | 浅草駅から徒歩約5分/新仲見世商店街から裏路地に入った先 |
営業時間 | 11:00〜14:30(材料がなくなり次第終了) |
定休日 | 水曜日(魚の入荷状況により臨時休業あり) |
創業 | 1947年(昭和22年) |
主なメニュー | 大入 江戸前天丼(大)5,800円/大入 江戸前天丼 3,800円/季節の天丼 3,300円/ばら天丼 3,300円 |
価格・営業時間は動画撮影時点のものです。魚の入荷によって臨時休業があるため、訪問前に最新情報の確認を。
動画で見る
ここまで書いてきたが、揚げ場のリズムだけは、文字にすると痩せる。
満席のカウンターに向かって、化粧油と仕上げ油を行き来しながら数人分の天だねを同時に揚げ、奥さんが合わせて丼を出し、揚がった瞬間に米の上へ乗せていく。あの間合いは映像でしか伝わらない。




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