東急目黒線・武蔵小山駅から徒歩2分。表通りから少し入った場所に、テーブル5席・カウンター5席の町中華がある。中華料理 紘月(こうげつ)。1999年の創業から、四半世紀を超えて続く店だ。
その厨房に四半世紀立ち続けた店主が、2026年1月25日に亡くなった。67歳。低酸素白質脳症という珍しい病気で、突然倒れたのだという。
残されたのは、レシピの書かれていない味と、妻と、常連客だった。店は、閉まらなかった。
動画の目次
時間 | 内容 |
|---|---|
0:46 | 壁一面に飾られた先代の写真 |
1:34 | 料理長・永岡さんの歩み |
3:36 | 中華スープの仕込み |
4:17 | こだわりのチャーシュー |
7:58 | 先代が倒れた日 |
8:58 | 店名「紘月」の由来 |
9:34 | 「この店の味を無くしたくない」 |
10:04 | 11:30 営業開始 |
12:27 | 名物の餃子 |
23:20 | 昼の厨房、ワンオペへ |
28:27 | 奥さまからの言葉 |
33:56 | 深夜、先代の思い出話 |

焼鳥屋を15年やった男が、厨房に戻ってきた
いま鍋を振っているのは、料理長の永岡さん。52歳。
この店とは古い付き合いだった。以前この店で6年ほど、出前と調理をしていた。その後に独立して焼鳥屋を開き、15年続けた。
先代が亡くなり、彼はその焼鳥屋を畳んで戻ってきた。理由は一つだった。
ここのお店の味を無くしたくない、っていう思いがあって。
ただし、継ぐべき味の設計図はどこにもない。
先代の味をそのまま作れる人がいないから。そこに近づけていくようにはしてるけど。
美味しいと言ってもらえるのが一番嬉しい、と彼は言う。それ以外に、正解を確かめる方法がない。
一日は朝9時、スープから始まる
9時10分、永岡さんが店に入る。コンロに火を入れ、仕込みが始まる。
厨房は驚くほど磨かれている。理由を聞くと、答えは短い。「毎日終わった後に掃除してるから」。
最初にやるのは、炒め物用の調味料を並べることだ。順番が決まっている。
これ、たまに並べる順番を間違える時がある。
注文が重なる時間帯に、手を止めずに鍋を振るための配置である。
米を研ぎ、キャベツを細切りにし、青梗菜を一口大に落とす。切り落とした野菜の端材は捨てない。中華スープに入る。
工程 | 内容 |
|---|---|
中華スープ | 鶏ベース。豚、野菜の端材、煮干し、鰹節を重ねてアクを引く |
チャーシュー | 前日仕込み。赤身の多いブロックを選んで仕入れる |
米 | ランチ分を研いで炊く |
野菜 | キャベツは細切り、青梗菜は芯に沿って一口大。端材はスープへ |
調味料 | 炒め物用を決まった順番に並べる |
スープは鶏がベースで、そこに豚と野菜と煮干しと鰹節が重なる。町中華のスープだ、と永岡さんは言う。
さっぱりの中に、ちょっとこってりを感じられるような味。
この店でいちばん難しいのは、たぶんここだ。
レシピはないね。分量を教えてもらったことないから。これを入れてたな、ってくらいは分かるんだけど。
先代は分量を書き残していない。永岡さんが持っているのは、6年間そばで見ていた記憶と、毎日味見をして寄せていく作業だけである。
スープの味見役は、店を手伝う高校生のゆうと君だ。「めっちゃうまい」。

チャーシューは「赤身を選んで買ってくる」
前日に仕込んだチャーシューを取り出しながら、永岡さんが仕入れの話をした。
これは赤身の部分を選んで買ってきてます。普通のブロックだと、脂身ばっかりのところがあるの。
脂が多すぎると「脂を食べてる感じになるから」。噛むごとに肉の味が出るように、ブロックの段階で選別している。

「喧嘩で有名な夫婦だったから、うちは」
10時30分、店主が出勤する。先代の奥さまだ。70歳を過ぎている。
厨房は先代が一人で回していた。週休一日。「しょうがないよね、自分の店だからね」。そして、急に倒れた。
私は70歳過ぎてるんだけど、彼の方が若いのに。私の方がずっと病気ばかりしてたのに、先に亡くなっちゃった。
夫婦のことを聞くと、返ってきたのは笑い話だった。
喧嘩で有名な夫婦だったから、うちは。この辺では。もう毎日24時間一緒だったから、だから喧嘩は絶えないですね。
家に帰ってからは、と聞くと「一言も喋んない」。何十年も一緒にいたらそんなもんよ、と続けた。
いまは猫3匹と暮らしている。
寂しいですね。一人いなくなっちゃったって言うのは、大きいよね。
店名は「地域に広く密着する」
紘月という字は読みにくい。奥さまが説明してくれた。
糸へんに、カタカナの「ナ」と「ム」を書いて「紘」。うかんむりが付く別の字とはちがう。この字には「広い」という意味がある。
地域に広く密着するっていう意味を持ってる。
1999年の創業以来、店はその名前のとおりに使われてきた。壁一面の写真が、その25年ぶんの記録である。
11時30分、開店
土日は11時30分に開く。平日は17時からの夜営業のみ。定休日は月曜日。
料理長の一日は、午前9時から翌0時までだ。
ちょっと土日がエグいの。
メニュー | 価格 |
|---|---|
餃子(5個) | 570円 |
チャーハン | 850円 |
スタミナ焼肉 | 830円 |
麻婆ナス | 850円 |
レバニラ炒め | 940円 |
味噌ラーメン | 830円 |
広東麺 | 990円 |
担々麺 | 1,050円 |
中華丼 | 1,050円 |
天津丼 | 1,150円 |
エビ春巻 | 700円 |
酢豚 | 1,300円 |
※価格は動画撮影時点のもの。
注文は、ほとんど餃子に集まる
開店と同時に客が入り、伝票はすぐ餃子で埋まる。
一番人気は餃子かな。餃子を食べに来る人が多い。
皮は製麺所の特注で、厚めのモチモチ。餡はキャベツがたっぷり入る。焼くのは、蒸してから湯を捨て、油を足して蓋をする、町中華の手順そのものだ。
卓上には調味料が並ぶが、常連の食べ方は決まっている。
酢と胡椒。春巻きも酢と胡椒で食べる人が結構いる。
20年通っているという客は、餃子を一口食べてこう言った。「餃子は日本一だよ」。
先代が沖縄出身だったため、レバニラなどは沖縄風の味つけになっている。年配の客がレバニラを頼むのは、たぶんそのせいだ。

高校生が部活に行くと、厨房はワンオペになる
昼の厨房は3人で回している。永岡さん、パートの女性、そして高校生のゆうと君だ。餃子を焼くのは主にゆうと君の担当である。
そのゆうと君が部活のために抜ける。ここから先、厨房は永岡さん一人になる。
担々麺、麻婆麺、五目そば、広東麺、味噌ラーメン、チャーハン、中華丼。注文は止まらない。
味噌ラーメンの味噌は自家製だ。
味噌を自家製で作ってるから、人気なんだよ。
麺は特注の中細麺。茹で時間は「芯があるくらい」で上げる。

常連が店を支えている
20年通う客に、続いている理由を聞いた。
味と、あとおかみさんの雰囲気とか。全部総合的に、長く続くって言うのはそこにあるんじゃない。
そして、こう付け加えた。
こういうお店は、ずーっと残ってもらわないと。今、段々減ってるじゃない。
この日の昼は、ランチタイムが終わっても常連グループの話が終わらなかった。「じゃあ今日の夜」「夜、会いましょう」。
22時45分に閉店して、そこから掃除が始まる
看板の電気が消え、置き看板の電気も消え、札が裏返る。22時45分、閉店。
そこから清掃が始まる。中華鍋を洗い、まな板を磨き、餃子用のヘラを洗い、フライヤーを外して磨き、壁をブラシでこする。
先代の頃から、掃除は毎日だった。ただし先代は営業の合間にやっていたという。
いつも0時半くらいまでやってるよ、掃除。
面倒ではないのか、と聞かれて、永岡さんはこう答えた。
面倒くさいはないかな。これをやって終了、って感じ。
この店には、夜だけ入るパートの女性がいる。勤続30年。本業は美容師である。
深夜、先代の思い出話
まかないの餃子が焼き上がると、店主と女性たちの小さな宴が始まる。永岡さんは先に帰る。
話題は先代のことになった。沖縄出身で、泡盛の残波が好きだった。
ひどい時は残波の一升瓶を、何時間かで飲んだことある。流石にその日は救急車で運ばれました、病院に。
それを笑い話として話せるようになるまでに、4ヶ月かかっている。

奥さまからの言葉
最後に、来てくれる客へ一言を、と聞いた。
主人が亡くなってから、今だいぶ落ち着いてきて。一時、料理が荒かったかもしれないんですけど、今落ち着いてきて、いい出汁が取れてるので。よかったら、どんどんいらしてください。
店舗情報
店名 | 中華料理 紘月(こうげつ) |
|---|---|
住所 | 東京都品川区小山2-6-14 |
アクセス | 武蔵小山駅から徒歩2分 |
営業時間 | 平日 17:00〜23:00/土日は 11:30〜14:00 も営業(動画撮影時点) |
定休日 | 月曜日 |
席数 | テーブル5席・カウンター5席 |
創業 | 1999年 |
営業時間・定休日は変更される場合があります。訪問前に最新情報の確認を。
動画で見る
ここまで書いてきたが、記事にすると必ず抜け落ちるものがある。厨房の音と、間合いだ。
一人になった厨房で、餃子を焼きながら麺を上げ、餡にとろみをつけ、鍋肌に醤油を落とす。その連続を、文字は追いきれない。
昼の厨房がワンオペになる23:20以降と、閉店後の掃除が延々と続く32:00あたりは、ぜひ動画で。




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